チーム守中コラム〜人のつながり

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 今年、北海道日本ハムファイターズの監督となり、さまざまな話題を振りまいた、新庄剛志さん。幼き頃からファイターズファンの私にとっては、複雑な1年でした。奇想天外ともいうべき彼の言動は、多くの人を惹き付けました。彼の現役選手時代の有名なエピソードの中に、「敬遠した球をサヨナラヒット!」というのがあります。相手は巨人の完全試合男の槙原寛己さん。実は新庄さんはそのドラマの前、8回裏に同点ソロホームランも打っています。

 そして延長12回裏1死一、三塁の場面。甘い敬遠球を思いっきり叩き、レフト前サヨナラヒットを打つのです。この劇的な試合は、プロ野球ファンに、未だに語り継がれています。

 そして、このお話には、「人のつながり」のエピソードがあります。敬遠の球を打ち返した選手は、新庄選手だけではありませんでした。なんと彼が師と仰ぐ、柏原純一さんという方も敬遠の球を打ち返しています。柏原さんは、阪神タイガースに新庄さんが入団した時のコーチでした。実は柏原さんは、現役時代、「親分」と呼ばれた大沢監督率いる日本ハムファイターズの4番バッターで、私の憧れの存在でした。「4番、ファースト、柏原」という、アナウンス嬢の声は未だに忘れずに心に刻まれています。


 その昔、柏原さんは、西武の永射投手の敬遠の球が甘くなったのを見逃さず、思いっきり叩いて、なんとホームランにしてしまったのです。

 この師弟関係の二人、豪快さでも共通するものがあったようです。今は申告敬遠というルールがあり、こんなドラマチックなシーンは生まれないのがなんとなく残念です。

 よく、「先人の真似をしろ」といいます。私は、先人が行ったよいことを模倣することは、とても効率的で、スキルアップにも結び付くものだと思います。しかしながら、真似しようにもなかなかできないこともあります。その点では、新庄さんと柏原さんは、本当に奇妙な縁でつながっているのかも知れません。人と人とのつながりは、奥深いものです。

チーム守中コラム〜平成3年

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 1階廊下に飾られている旧校舎の写真。ふと目に入り、しばし眺めてしまいました。私が転職して守谷中学校に新規採用で赴任したのは平成3年4月、まだ、旧校舎の頃です。バブル経済がはじける前でした。赴任した平成3年を思い返してみると・・・

 調べてみると、「湾岸戦争勃発」、「東京都庁新宿新庁舎開庁」、「雲仙普賢岳大火砕流発生」、「景気拡大、いざなぎ景気超える」等の記事がありましたが、私の目に留まったのは、「横綱千代の富士現役引退 通算1045勝」という見出しでした。

 私の幼き頃の大相撲界は、まさに北の湖と輪島の両横綱の時代。その時代には、柏市出身の麒麟児という力士もいて、応援していました。そして、その時代の次に出てきた大横綱の千代の富士は、力士にしてはスマートな身体ながら、筋肉隆々で、大きな相手を豪快に投げていました。

 彼が引退会見の時に、「体力の限界」と言った時に、私は心の中で「お疲れ様でした」と言いました。千代の富士関は、生来肩が外れやすい形状で、脱臼を防ぐために猛烈に筋肉を付けていたということを知っていたからです。「関節」というのは、スポーツマンにとってはとても大切なもの。私も野球と柔道をして右肩・右肘がボロボロになった時に、「頑丈な関節だったら」と嘆いたこともありました。怪我やハンデと上手に付き合うということも千代の富士関は多くの人に伝えたのではないかと思います。

 怪我と上手く付き合うといえば、昔教えていた柔道部の生徒にも、千代の富士関と同じように肩の形状が外れやすい生徒がいました。数回ですが、彼は練習中、「あっ!」と声を上げることがあり、どうしたのかと話し掛けると、「肩が外れました〜!」と。彼は心配して駆け寄る私に向かって、「大丈夫です。」と制止し、自分で「えい、やっ、」と肩を入れたのでした。「昔から外れやすいので・・・」と笑っていた彼は、3年生の時には内股を駆使するチームのポイントゲッターになっていました。

 旧校舎写真から平成3年、千代の富士関、そして怪我との向き合い方と思考が繋がっていきましたが、そんな繋がりを考えていたら、「思考・哲学とは、何をスタートにしても広がるものなのだなあ」と思ったりしました。「考えにふける初冬」とでも言うのでしょうか。

チーム守中コラム〜休み

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 忙しい忙しいといって、ついついゆったりと休むことをおろそかにしてしまうと、後々不具合が生じてしまいます。私は生物学的にも、人は活動と休息をバランスよく繰り返すのが、人の生活において大切だと思っています。例えば睡眠。寝るのが面倒くさい、ゲームをやり続けたい!なんて人もいるかもしれませんが、恐ろしい話です。睡眠をとらないと、人は脳が休まらず、やがて大きな障害が生じてしまいます。睡眠、休みは大切です。

 災害時の活動について、面白い話を聞いたことがあります。ある集団は、川が決壊しそうなので、必死に土のうを積み上げています。休み時間などもったいないと、ひたすら活動しています。もう一つの集団は、定期的に休み時間を設定し、活動しています。結局、この二つの集団で、効率よく活動できたのは、後者の方だそうです。休むと言うことは、活動することを支える大切のものなのです。
このバランスをしっかりととって、生活したいものです。

チーム守中コラム〜寒さと植物

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 今朝、出勤しようと車を見ると、見事に凍っていました。近所の空き地の草にも霜が降りていて、白くなっていました。こんなに寒い中、植物はさぞ大変だろうと思う方も多いと思われる方も多いと思いますが、植物は、戦略的に寒さ、凍結対策を講じています。

 まず、多くの植物は、秋から初冬にかけての一桁の気温の時に、低温馴化という冬支度を行います。植物も生物ですから、細胞が凍結してしまうと中の成分が壊れてしまいます。低温や日長の変化などを感じとると、植物は細胞内に糖類やアミノ酸、タンパク質などを蓄え、凍結しにくい状態にするのと同時に、細胞膜の成分も変えて凍りにくい対策を講じているのです。余談ですが、低温馴化して冬に強い植物の中にも、夏の低温には弱いという植物が意外と多いというのは面白いものです。

また、植物体の外側だけを凍らせて、内部を守る仕組みをもった植物もいます。そのようなシステムをもたず、種子を残すことで越冬する植物も多くいます。

この冬の時期、草木は静かに眠っているようですが、春に向けて辛抱しているのです。暖かい春、希望の春の前の準備段階とでも言いましょうか、植物は季節の移り変わりをむしろ楽しむかのように過ごしているのかなぁと哲学思考を巡らせました。

水曜日の朝

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非常に寒い朝です。お天気はよく、気温は上がるようですが、体調管理には十分留意したいものです。

今日の給食

12月6日の給食は「ごはん、牛乳、冬野菜のチキンカレー、水菜と大根のサラダ、みかん」です。カレーには守谷市産れんこんを使用しています。
教室では栄養教諭がれんこん畑を取材し、収穫を体験した動画を放送しました。
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チーム守中コラム〜コーヒー

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 私はコーヒーが大好きです。1日に3杯はいただきます。コーヒーとの初めての出会いは幼き頃でしたが、母が執拗に「成長に悪い」と飲ませてくれませんでした。

 飲ませてくれるようになってからのコーヒーとの付き合いは、母が作るコーヒー牛乳としての付き合い。非常に甘く、子どもの私にはちょうどよかったのかも知れません。

 今ではほとんどをブラックでいただいています。コーヒーの効能等を思いながらも、やはり香りや味がいいので飲んでいます。味の嗜好に変化があったのかと考えていたところ、私は生来、苦いものが好きなようで、ゴーヤや、土筆(つくし)の煮物が大好きで、コーヒーも、あの独特の苦みに惹かれているのかもしれません。

 コーヒーの効能で私が一番だと思うのが、香りによるリラックス効果。このコロナ禍の中でのリラックスは、自身が意図的に行わないといけないと、コーヒーをおかわりする自分を正当化したりしています。

チーム守中コラム〜師走

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 何気なくスケジュール帳を見ていたら、もう今月も6日なのに、「あ、もう12月だ!」と、はっとしてしまった自分に苦笑いをしてしまいました。時の流れは実に早いもので、今月は12月、師走です。師走とは、字のごとく、師が走るほど忙しいと言われる月で、由来も、年の瀬で気忙しくなる時期で、どっしり構えて読経するお坊さんまでが走り回る程の多忙な月というところから来ているそうです。

 ちなみに師走以外の12月の別名を調べてみると、たくさんありました。冬の最後を意味する「晩冬」、「三冬月」、「春待月」、寒さを表した「苦寒」、年の最後の意味で「歳極月」、梅の花が咲き始める「梅初月」等です。

 師走、言葉からは気忙しいイメージが湧きますが、体験的には年の瀬、大晦日、1年の締めという大きな節目をイメージします。私のイメージは、つい10年ほど前までは、大晦日に実家の両親が営む豆腐屋の大掃除をしていたので、それをイメージします。豆腐屋は、油を多く使うので、油汚れが至る所につきます。手がボロボロになるまで必死に掃除したのを思い出します。大掃除の後、家に戻り温かいお風呂に入り、年越しそばを食べるのが年中行事でした。心地よい疲労感と達成感、そして翌日迎える新年への思い・・・私のイメージはそのような感じです。人はそれぞれ、この時期に特別な思いがあるはずです。

 このコロナ禍の中、帰省したり親戚で会食をしたりすることは昔と比べると難しいかも知れません。そのような中でも、しっとりと1年を振り返り、新年への思いを膨らませる余裕が欲しいものです。「特別な」と何かにつけて言われますが、今年の年末は当たり前ですが今年だけ。コロナ禍なりの、温かいものにしたいものです。そのためには、気忙しくならず、自分を大切にしながら、周りの人に丁寧に、そして優しく接していくことが必要だと思います。自分と周りの人の心に温かい灯火が宿るようにと、すべての人が優しさをもって生活できることを願います。

火曜日の朝

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火曜日の朝、本当に寒い朝です。小雨が降り、車の外気計は雨ぎりぎりの3度でした。防寒対策、感染対策と、何かと対策が必要になってきますが、「備えあれば憂い無し」といきたいところです。

チーム守中コラム〜経験と学習

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 1年生の理科で学習する「音」。現在行っている「光」の次の学習です。さまざまな物を使って音を出し,生徒は音について体感していきます。この「音」は波であるということや,音の伝わる速さについて学習を進めていきます。これらについては,生徒は既に生活の中で体験しているものなのです。自分の体験と結び付けて学習を整理することができる生徒は,知的好奇心が高まり,学習効果が上がります。

 音が波であるということを体験できるのは,救急車のサイレン。近付いてくる救急車のサイレンの音は高く聞こえ,すれ違って離れていく救急車のサイレンは低く聞こえる,理科ではこれを「ドップラー効果」と呼びます。2点の距離が縮む運動での音は波が圧縮されて高く聞こえ,2年の距離が離れていく運動での音は,波が引き延ばされて低い音になるというものです。

 また,音の速度を体験できるのは,多くの人が嫌いな雷です。光は速度がとても速く(1秒間に約30万キロメートル),ほぼ同時に伝わると考えると,音はかなり遅れて聞こえます。「ピカッ ゴロゴロ」と,ずれた秒数で雷の場所がどれだけ離れているかを推測することができます。音の速さは1秒間に約340メートル。意外と?遅いのです。

 こんな風に,既習事項と自分の体験を繋げるということが大切です。理科は,「身近なもの,実生活に関連付けて」学習する教科です。余談ですが,光は速いといっても,太陽が発した光が地球に届くまでには約8分19秒ほどかかっています。ということは,今見える暖かな日差しは,8分以上前に太陽が発した光ということです。そう考えると神秘的だなあと思います。

月曜日の朝

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週明け月曜日の朝です。小雨がぱらつく、とても寒い朝です。週のスタート、寒さに負けず頑張りたいものです。

今日の給食

12月2日の給食は「ソフト麺、牛乳、しょうゆラーメンスープ、焼き餃子、ブロッコリーのおかかマヨ和え」です。ラーメンスープにはメンマやねぎなどを入れ、よりラーメンらしくなるようにしました。
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チーム守中コラム〜出会い,選択

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 先日,生徒の落ち着いた学校生活を見ていて,つい哲学思考に入り込んでしまいました。生徒は日々出会いを繰り返し,さまざまな選択をしています。そんな中で生徒が落ち着いているのは,「いい出会い,いい選択」をしているんだなぁと思います。人は,この社会に生活していると,たくさんの人やものとの出会いを経験したり,たくさんの選択を迫られます。そして,無意識のうちにストレスや疲労を溜めてしまうことがあります。しかしながら,悪いことばかりではなく,一つの出会いがその人を大きく変え成長させたり,一つの選択が,正しい道にその人を導いたりすることもたくさんあると思います。そんなことを考えていると,何がプラスで,何がマイナスなのかなんて分からないものだと,「人間万事塞翁が馬」という言葉にたどり着きました。

 人は,成長のためにも,あらゆる出会い,選択を「経験」することが大切であると思います。「選択」というと,ある学者さんが唱えた説によると,人は一日に最大で35000回の決断をしているとか。そんなことを考えていると,すべての人の無意識に近い選択や,買い物や交渉などの大きな選択が,その人にプラスになって欲しいなぁと思ってしまいます。

 学校の生活が落ち着いているのは,一人一人が落ち着き,それが集団の雰囲気になっているということに他なりません。そう考えると,やはり一瞬一瞬の,「真実の瞬間」を丁寧にしていくことが大切であると考えが至り,落ち着きました。

 とは言っても,なにがプラスになるか分からない・・・と考えると,私はいつも「バタフライ効果」という言葉を思い浮かべます。

バタフライ効果とは,これまで数回コラムに登場してきた言葉ですが,非常に些細な小さなことが様々な要因を引き起こし,だんだんと大きな現象へと変化することを指す言葉です。
名前の由来については,エドワード・ローレンツという気象学者の講演の題名『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』から来ているそうです。ほんの些細な事が,徐々にとんでもない大きな現象の引き金に繋がるかという考えです。少し神秘的な考えに聞こえるかもしれませんが,小さな出来事や物も,いろいろなものと繋がっているということだと思います。ちなみにバタフライ効果の例えは幾つかあって,百田尚樹さんの著書『フォルトゥナの瞳』には,「北京で一匹の蝶が羽ばたくと,ニューヨークで嵐が起こる」と書かれています。そう考えると,「真実の瞬間」は,生活の至る所にあって,その一つが朝の挨拶だったり,御家庭での何気ない会話であったり,テレビドラマの一シーンであったりするのだなぁと,一旦落ち着いた哲学思考が深まっていました。

出会い,選択を大切にしたいものです。

金曜日の朝

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週末金曜日の朝です。冬到来といった寒さが今後続くようですが、今朝衛星中継されていた、サッカーワールドカップでの日本勝利をエネルギーにして、寒さに打ち勝ちたいものです。

チーム守中コラム〜時間

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 職員室横のコミュニティーホールに展示してある3年生の美術作品。修学旅行の思い出を綴ったものです。その中に、原爆ドームを描いている、「現代と 過去をつなげる 若葉かな」という作品があり、目に止まると同時に深い哲学思考に入りました。

 決して過去には戻れませんが、現代とは、過去の積み重ね。そんな、「時間」について思いを巡らしました。もしも、タイムスリップをしたら・・・と、すぐにSF的思考になってしまいますが、もし過去に戻れたら、「あの時、こうしたい。」、「あの時、あの人に〇〇を伝えたい。」、「あの時、あの選択をしたい。」等、たられば思考に繋がってしまいます。

 今を大切に、未来に向かって着実に歩みを続ければ、「今」も素敵な過去になるのだなぁと、哲学を締めくくりました。

水曜日の朝

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水曜日の朝、雨上がりの曇り空です。テレビで、お天気キャスターの方が、今日で秋も終わりと話していました。いよいよ寒い冬の到来!備えたいものです。

チーム守中コラム〜頑張り

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 最近、朝起きると、朝ルーティーンを行う際のBGMとして、少し前に放映され、録画しておいたドラマ、「大豆田とわ子と三人の元夫」を流しています。

 このドラマは、坂元裕二さんという、私的には天才と尊敬している方の脚本で、心があったかくなったり、「ふむふむ」と納得してしまったりするセリフや場面が数多くあり、私の日常をほっこりと支えてくれています。

 そのドラマで、後半に登場してくるオダギリジョーさん演じる小鳥遊(たかなし)に、主人公の松たか子さん演じる大豆田とわ子が自分の思いを話すシーンに、心に留まるセリフがあります。

 「この人のために頑張ろう、みたいな。見ててくれるかな〜。見ててくれるから頑張ろうかなぁ〜みたいな。」

 このセリフは、とわ子が突然逝ってしまった親友の「かごめ」を思って言うセリフです。この言葉を聞いたときに、私はふと、自分の人生で出会った多くの友人、恩師、同僚や上司、家族等々・・・私に関わって支えてくださった人々を重ねました。

 共に笑い合った友人、人生の厳しさを教えてくれた恩師、上司、あたたかく包んでくれた家族・・・のみんなに対して、感謝を込めながら、「見ててくれている、お互いにそれぞれの場所で頑張っている。これからも頑張ります!」と伝えたくなりました。

 「人は一人ではない、互いに思い合うことこそ気高く尊い。」と深く感じました。

チーム守中コラム〜自戒の言葉

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 先日,何気なく昔に撮り溜めたドラマを観ていたら,奥さんや娘の理不尽な振る舞いに対して,「大切なのは,常に冷静で,親切であることだ。」と心でつぶやくお父さんの台詞が心に留まりました。この言葉,アメリカの前国務長官,コリン・パウエルさんの自戒の13か条の一つでした。その13か条のいくつかを紹介したいと思います。

○「誰かのかわりに選択することはできない。誰かに自分の選択をさせるべきではない。」 〜自分のことは自分で選択する,自らの進路を自ら切り開くという意味ですね。

○「小さいことを検証(チェック=点検)せよ。」
 〜この言葉は,私が心に留めている,「バタフライ効果」にも共通する言葉だと思いま  す。小さなことが大きなことに繋がる,細心の注意を払えということですね。

○「ビジョンをもち,自分に対してより多くを求めよ。」
 〜自分の可能性を信じ,信念を基に突き進め,という強いメッセージを感じます。

 さまざまな要職を経験したパウエルさんならではの言葉。人は時折このような言葉から,エネルギーをもらえることがあります。言葉の力は凄いですね。

チーム守中コラム〜ばあちゃんと肉

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 家庭科の授業で,献立を考えている生徒を見ていたら,自分の子どもの頃の食生活を思い出してしまいました。子どもの頃,家で「肉」と言えば,「豚肉」,しかも豚バラ肉でした。私が中学に上がるか上がらないかの時に,一緒に住んでいた祖母は,実家があった四国へと帰っていきました。昔,住んでいた街が恋しかったようです。夏休みに四国に遊びに行くと,祖母はいつも大量の牛肉を焼いて孫の私たちに出してくれました。

 ある日,私は祖母が肉に手をださないことに気付き,「ばあちゃん,何で食べないの?」と聞きました。すると祖母は,「すかん」と一言。なんで嫌いなのかと聞くと,「牛は臭いから,すかん」と答えました。

 当時,食欲旺盛だった私は,ただただ美味しい牛肉を焼き肉のタレをたっぷり付けてバグバグ食べていたので,「臭い?」と思っていました。大人になって,牛肉独特の臭みを感じるようになり,なるほど!と思ったものでした。

 ちなみに牛肉独特の臭みの原因の一つは,餌の種類だということを,社会人になってから知ることとなりました。牛肉を食べるたびに,ばあちゃんを思い出します。私が悪さをしてしまった時に,優しく「何しよるん?」と四国弁で話し掛けるばあちゃんが,今も私の心の中で生きています。

月曜日の朝

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週明け月曜日の朝、曇り空で寒い朝です。いよいよ冬の入口にさしかかったと言うところでしょうか。さまざまな冬支度、年末への準備をする時期です。
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