今日の給食

7月8日の給食は「麦ごはん、牛乳、いかのチリソース、もやしとハムのサラダ、春雨スープ」です。チリソースはケチャップやトウバンジャンをベースに作りました。
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チーム守中コラム〜豆腐

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給食委員会が作成した七夕にちなんだ短冊掲示。「野菜と和解したい,ゴーヤと和解したい」という,思わず笑ってしまうものや,「料理を作れるようになって家族に作りたい」というほっこりしたものもありました。短冊を見ていて,自分の「食」について哲学していたら,ふっと「豆腐」が頭の中に浮かびました。
 
 私は,食べ物については,嫌いなものはなく,何でも食べる派で,高級なものがいいとか,こだわりをもったものはほとんどありませんが,「豆腐」に関しては特別な思いがあります。

 豆腐が私にとって近い存在になったのは,私が高校1年生の時でした。父は千葉市で洋品店を営んでいて,柏から蘇我駅まで毎日通っていました。その父が心機一転,区画整理での店舗の立ち退きを機に,豆腐屋に転職したのです。

 父は松戸の豆腐店に半年ほど弟子入りし,店を開きました。豆腐を作ったり,油揚げを作ったりすることは,相当難しいものだったようで,開業後,しばらくの間は,帰宅した無口な父がその日の品物の出来について一喜一憂しているのを,息子の私は密かに心配していました。

 程なくしてお客さんが増え,経営状態が安定するようになりました。開店した店の水が豆腐づくりに合っていたと父は話していましたが,父の努力の末に完成した豆腐や油揚げ,厚揚げ,がんもどき等は,単に水だけではない,父の魂の産物であると息子の私は思っていました。美味しいと評判になり,遠くから買いに来てきださるお客さんもたくさんいました。そんな父を私は尊敬し,父の豆腐は自慢でした。

 父の作る豆腐は,濃い豆乳で作る,とても豆の風味がするおいしいものでした。豆乳を毎日飲んで成長した,年の離れた弟は,私より一回り体格がよく,豆乳効果の凄さに驚いたものでした。

 豆腐づくりは真冬でも朝早くから水を四六時中使います。また,船と呼んでいる大きな容器に水と豆腐を入れて運ぶ作業もあり,とても重労働です。父の毎日の努力が,私たち3人の息子を大きく成長させてくれました。孫である私の娘が小さい頃,よく父の二の腕を触り,ジジの腕はお父さんよりも凄い!と笑顔で話していました。そんな父も,店をたたみ,隠居して体の自由がきかなくなっています。しかしながら,脳梗塞を発症し,奇跡の帰宅を遂げた母の頭を撫でていた父は,必死に母の介護をしています。

 スーパーで,なるべく安いものを買う私は,豆腐だけは高いものを買って食べていますが,未だに父の作った豆腐を越える豆腐に巡り会ったことはありません。やはり父の豆腐は世界一なんだなぁと,時折哲学にふけったりしています。

金曜日の朝

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週末金曜日の朝です。夏空が広がっていますが、心なしか風が心地よく感じます。不安定な天気という予報がありました。気を付けたいものです。

PTA合同専門委員会の開催

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 コロナ禍で長い間開催が見送られていたPTA合同専門委員会でしたが、各専門委員会に分かれ、熱心な協議が行われました。今後もPTAの連携・協力のもと、子供たちのために、よりよい教育活動に努めて参ります。

木曜日の朝

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曇り空の朝です。週も後半です。昨週は猛暑でしたがそれと比べると少し収まっているようです。しかしながら、暑さ対策、特に水分補給は大切にしたいものです。

今日の給食

7月6日の給食は「スパゲティミートソース、ミニコッペパン、牛乳、豆乳グラタン、コールスロー」です。給食センターでミートソースを作り、ゆでたスパゲティと合わせました。その調理の様子を撮影して教室で放送しました。
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水曜日の朝

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曇り空の朝です。戻り梅雨という感じです。気温も30度近くまで上がるようなので、体調管理には十分注意が必要です。

今日の給食

7月5日の給食は「ごはん、牛乳ため、豚肉とピーマンのカラフル炒め、中華風七夕スープ、おほしさまミックスゼリー」です。7月7日の七夕にあわせて、一足早い季節メニューです。
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SNSに注意

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図書スペースに貼られているポスター。SNSにおける危険についてのポスターです。情報発信する際は、十分な注意が必要です。

チーム守中コラム〜言葉,方言

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日本人は日本語を生まれたときから耳にし,それを覚え使っています。ただ,ずっと耳にしたり使ったりしている言葉が,他の人に通じない時の衝撃は,かなり大きいものがあります。日本は決して大きな国ではありませんが,地方によって特色があります。いわゆる方言です。

 その逆で,地方などで普通に使われている言葉の意味が分からないときも,同様に衝撃を受けます。

 浪人の末,大学に何とか合格し,入学式に向かう水戸駅発のバスの中での出来事。女子高生が声を張って数人で話していました。何より驚いたのが,女子高生が「オレさ〜」と,自分のことをオレと呼んでいたこと。その次に「いじやけた〜」,「なんだそれ,ごじゃっぺだなぁ」という言葉。後に水戸に住むようになって,普通に使っている自分に笑ってしまったものでした。

 年老いた両親は,愛媛県の生まれ。父は今治,母は新居浜生まれです。両親は,普通にしゃべっているつもりでいたようですが,「〜しよるん」,「ほやけど〜,〜のう」と,明らかに生まれ育った場所のイントネーションで話していました。それを聞いていた私は,TVの地方の取材等を観た際,「あ,これは四国だな〜」,「瀬戸内近辺だな〜」と高確率で当てることができます。

 そんな私が驚いた言葉が「さらえる」という言葉。私は何気なく小さい頃から使っていましたが,ある日友達に話すと「何?それ?」と全く通じませんでした。「さらえる」という言葉は,全部処理する,たいらげるという意味で,関西地方を中心に使われている方言です。家では食事の時に母が,「そのお皿,さらえちゃって」と使っていました。

 よく,方言には温かみがあると言う人がいますが,私もそう思います。TVで,方言でまくし立てる漫才コンビを私はこよなく愛しています。そんな方言好きな私も,大学生の時に,生粋の茨城育ちの後輩に,茨城弁で熱く語った際,「まだまだ青いな,先輩それ,ごじゃっぺだっぺ」とダメ出しをよく受けていました。今の私の話し方は果たしてどうか,今度水戸に住んでいる後輩に電話してみようと思います。

1週間のスタート

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週明け月曜日の朝,小雨が降っています。昨日までの猛暑と比べて過ごしやすくはなりそう
です。県南大会も土曜日で終了し,チーム守中の選手が素晴らしい成績を収めました。今後の活躍に大いに期待しています。
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